はじまり

これからの時代に「工芸が『ある』意味」を尋ねると、鉄と向き合って60年の工芸家がこう答えた。

工芸のその先は、遊び心

「愉しむをたのしむ」というメッセージを社内外に発信してきて数年が経ち、私、及源鋳造5代目は、これからの及源鋳造株式会社のモノづくりが目指すところを漠然と考えはじめていた。

「ヨーロッパの調理器具のようなスキのない完成度の高いデザインもそれはそれでいいだろうね。だけど僕は、なんか違うんじゃないかな。と思うんだよね。多少無駄があるとか、少し間の抜けたカタチの方が、そうだな、心憎いって言うか、愉しいよね。」むぐをやさしく触りながら、この工芸家は言った。

そう、愉しい!

「僕はむぐを作っていて本当に愉しかった。朝4時に起きて粘土を足しては削り足しては削りながら、気持ちよくものづくりをしたね。」むぐたちは手から生まれる。しっくりくる線が描けるまで何度も、何度も、デッサンを重ねる。そして、粘土をこねながら原型と呼ばれる最初のカタチが作られていく。

mugu 遊び心 あそびごころ

ある日、工場を歩いていて、何気なく手込め(てごめ)の現場で立ち止まった時、眺めている私に職人がヘラを差し出し「やってみる?」と言った。手込めは、「手」で砂を枠に「込め」て、熔けた鉄を流し込んで鋳物を作る仕事。手渡されたヘラで見よう見まねで砂をなでて、夢中になっていたら職人は「愉しいでしょ?」と笑った。

むぐの蓋のついた鍋たちは、南部鉄器の産地・岩手で消えかかっている「はばき返し」という技法で造られる。先人から受け継いで、かろうじて今の職人に残っていた「はばき返し」で、むぐはじっくりとゆっくりと造られる。ちょっと難しいむぐにつくり手は幸せな心で向き合う。そんな風にカタチになったむぐは、ふつうの鍋のカタチには見えないものになった。だって、工芸家に五感のままに遊んで作られて、鍋という枠をはみ出たのだから。

「でも、これもいいでしょ」と
私の横にちょこんと座る。

むぐのはじまりは、つくり手とつかい手の二つの「遊び心」をつなぐこと。次は、あなたが幸せな気持ちでむぐと遊んで欲しい。

むぐを眺めて、今日は何つくろう…って。

おもしろい。は、つながる

及源鋳造株式会社五代目 及川久仁子

※「むぐ」は岩手の方言で無垢(ムク)の訛り。無垢は、欲望や執着、見せ掛けやハッタリがなく、堅実な事などの意を表していることば。

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