まなざし

照らす人

81歳。現役の金属造形家。遡ること50年前、はじめて及源鋳造に呼ばれたのは31歳の時だった。

廣瀬慎

及源が「デザインのOIGEN」と呼ばれる所以は、この人を抜きにしては語れない。

細部に丁寧さが光る、往年のベストセラー「すき焼き餃子鍋」。南部鉄器には当時無かった鉄蓋のついた洋風煮込み鍋「キャセロール」シリーズ「クックトップ」。蓋にちょこんと乗っかったまあるいつまみ、両手にすっぽり収まるコロンとした大きさ、そこにすっと並ぶ線がモダンな印象を与えるティーポットシリーズ「千草」。

そして、半世紀の時を経て、「むぐ」誕生のきっかけをくれたのもこの人だ。2022年に170周年を迎えた及源が、工芸がこの先も人々の暮らしの中にたたずむ意味を考え、願いを込めて発表する最初の「むぐ」のカタチは、廣瀬の作品である。

及源のカタチには、この人の「イムズ」が通っている。人生の半分以上の時間をかけて、及源のものづくりの根っこのところを、しっかりと照らしてくれてきた人である。

「最初に及源に行った時、『えっ』って驚いたの。正直、どうしようもないものばっかりだった。ここで僕がいいと考えるものを押し通せるだろうか。聞いてもらえるのだろうか。はたと困ってしまったわけ。」

廣瀬が、当時の社長(現会長)であり、五代目現社長・及川久仁子の父から声がかかったのは、1972年のことだった。20年続いた高度経済成長期が、翌年のオイルショックを前に一気に陰りを見せ始める直前であった。

南部鉄器と言えば、松竹梅の模様が施されたすき焼き鍋や定番のアラレの鉄瓶、応接室には欠かせない灰皿は相変わらず店頭に並ぶが、田舎の民芸品というイメージが強かった。

及源からの、新しい「すき焼き鍋」のデザインをという要望に応えること数年。ある時、ヨーロッパに視察に行く機会に恵まれた。

それは同時に、造型機と言われる、砂型をつくるために、鋳物屋で最も重労働な砂を込む(砂を枠型に入れ、押し固める)作業を自動化する大型機械を、海外から購入するタイミングだった。

大量製造が可能になる。

産業分野において、時代の主流はインダストリアルデザインであった。インダストリアルとは日本語で「工業」。

生産上のムダも、使用上のムダも省いていく。シンプルに使いやすくと洗練させていく。装飾性よりも、合理性が重視される。完成までに必要な作業を洗い出し、効率的に計画に落とし込むことが、プロダクトデザインには求められた。モノが暮らしを豊かにしていく時代。コストを下げ、利益を上げるために無視はできない流れであった。

ところで廣瀬は自身を「金属造形家」と呼ぶ。廣瀬のデザインの工程は「線」を見つける作業からはじまる。線が面になり、面がカタチを生み出していく。

及源が製品をデザインする時、いまではパソコンの前に座り、図面を描くソフトを使うことがほとんどである。

一方廣瀬は、スケッチからはじまり、粘土をヘラで何度の何度も削ったり足したりしながら、納得いく「線」を、「面」を、「カタチ」を見つけていく。その時間は数か月に及ぶこともある。

その作業に「その人の持ち味というのか、個性」が宿ると話す。

「鋳鉄は自由さが魅力。自由さは肉厚に出る。鋳鉄だと、薄いのと厚いのが(調整)できるのだけど、プレス(加工)では同じ圧力をかけなくてはいけないから均一になる。プレスにはない、鋳造の良さがそこにあるんだと、(若い人には)いつも伝えるんだけどね。」

プレスでできないものを、とはどういうことなのか。定規やコンパスを使って、誰でも作れるような「線」は、できるだけ避けろというメッセージである。

「何回も描いているときれいな線、しっくりくる線というのが見つかるの。全体的に見るんだよ。全体を捉えていると見えてくるもの。図面だと、「部分」をつなげて作っていくことになるから、全体が見えなくなる。」

私たちは相互に影響し合う世界に生きている。すべてをきれいに分類してそこだけで最適解を求めることよりも、つながりからものごとを考えていこう。

大げさかもしれないが、人がこの世界に存在する根源にあること-つながり-を、造形を通して大切にしてきた。モノも人も、関係性の中に存在するのだ。

例えば、取っ手。自然界に直線がないように、日々の暮らしの中で握る、心地がいい加減の曲がり具合がある。手になじみ、しっくりくる取っ手。緻密に分析をして、計算をして、誰にでも完璧な、究極の取っ手なんてできるのだろうかと問う。

「10人いたら10人、顔が違うんだよ。いいかげんさは、いい加減なのよ。」

と笑う。

「役に立とうなんて思ったことない。誰かが喜んでくれたらいいじゃない。」

話を聞いた最後に、むぐが伝えたい「遊び心」について話してみた。すると、

「あまりまじめに考えちゃダメ。」と。

「遊びっていうのは、ふざけるってわけじゃない。極端なことを言うと、丸鍋が三角だっていいんじゃないかっていうこと。売れる、売れないじゃない。少数派の意見もイイねって思いたいなって。」

工業と工芸の狭間にいる及源鋳造という工芸メーカーの近代史を支える根っこは、たしかにここに根差し、この人に照らしてもらっている。

ここからはじまる「むぐ」。

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